■企業理念

社会をひっくり返せば、一番身近なコミュニティーである会社になり、家族の次の生活を営む為の集団である。そこに属する人々の意識の向上と生活の安定こそ社会への貢献とする。

■経営理念

私たちは、お得意様の信頼と安心を得るために日々進化する状況に努力を惜しまず、過去から現在、現在から未来へと夢と技術を追い続け、いつもお得意様の立場になりご満足の頂ける様に邁進致します。

■会社概要

社名 西京繊維加工株式会社

所在地

京都市南区吉祥院新田弐ノ段町104
TEL075-681-5374  FAX075-672-9446

業務内容

繊維裁断

代表者

藤木 光次

資本金

1000万円

創業・設立

昭和41121

■沿革

1958年

当時ナイロン織物を半田ごてにて裁断をしていたが、時代が高度成長期とあって繊維業界が量産体制に入り、スピード化を余儀なくされ手作業から機械化へと移り進んで行った。機械化へは、創業者(現会長)が以前の職業が電気関係であり、自社で熱処理裁断機の開発に取り組み何とか1号機を完成させる。時代と相俟って、創業当時の業績不振は信じられない程の受注に、昼夜を問わず作業をしなくては引き受けた商品の置き場所が確保出来ないという忙しさであった。

家内工業として始まった合成繊維の熱処理裁断は、もうその域を脱して場所的にも、人数的にも完全にオーバーフローを起こしていた。近くのアパートを借り2号機を設置し、それでも手狭になり、受注先が室町関係の呉服問屋が殆どであった為、引き取り、引き渡しの時間短縮と言う極めてハードな作業効率の為に自宅と賃貸アパートから、市内の中心地、御池通り堺町通り上ルの呉服屋の裏庭の倉を借り二台の熱処理裁断機をフル稼働させてもまだ追いつかない程の受注量であった。

 

 

1966年

当時知り合いだった、ビスやネジ等を作っていた製作所の半分を借りる事となり、同時に社名を西京繊維加工株式会社と変更し、法人化となった。当時の自宅から見て、御池通り堺町上ルの東の工場と、南に位置する下の工場でフル稼働し、従業員も一人、二人、三人と増えていき数年後にはこの南に位置する工場自体全てを買い取る事となる。

 

 

1971年

現在の社屋に建て替えられた。一階が工場で二階が従業員寮という社屋で、多いときで十数名の若い従業員が住み込こみで働いていた。又、この当時に傍系企業も設立し多角経営に乗り出した。この頃から、和装繊維より洋装繊維及び工業繊維が徐々に増え始める。

 

 

1975年

北陸工場設立。(福井県、石川県の織物産地の仕事を引き受ける)

 

 

1985年

熱処理裁断から、新たに超音波裁断の技術を取得し、これまで、熱処理裁断機では切断面の付着が困難であった天然織物繊維(絹、綿等)が加工出来るようになる。又、熱処理裁断では加工不可能であったアラミド繊維も超音波により可能になった。その頃から洋装繊維、工業繊維が主流になり、和装繊維は全体の二割程度になる。

 

 

1990年代

合成繊維の量産品が多い状態であったが、このあたりから徐々に天然繊維が増え始めてきた。その為に、オーバーロックミシン加工も作業内容に加わった。この頃から、インナー関係の加工が増え始める。

 

 

2000年

に入ると日本のあらゆる産業が低賃金である中国、東南アジアへ生産拠点を移していった。繊維関係企業も、時代に乗り遅れじと中国、東南アジアへ出て行った。

 

 
2005年

北陸の産地もご多分に漏れず中国、東南アジアへ出て行き北陸工場閉鎖となる。その年の7月に、先代創業者(現会長)から長男である現社長に代表権が移行する。今現在も、工業繊維資材関係、洋装、和装、インナー関係、素材でいえば、合成繊維、天然繊維全てにおいて、熱処理裁断(ヒートカット)、超音波裁断、生刃裁断(スリットカット)、広幅から細幅まで裁断(カット)とオーバーロックミシン加工をメインとして営業している。

 


■取扱品目

インナー、アウター、和装、工業資材




 

繊維カットについては

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